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「アナと雪の女王2」―たとえあなたが、その愛を凡庸だと思っても(ネタバレあり)

先週末にやっと「アナと雪の女王2」が上映開始になったため、今日早速見てきたんですよ。

ディズニーのアニメ映画って自分はアラジンを見た以降はほぼ観てなかったんですが(ヘラクレスもライオンキングもノートルダムの鐘もトイ・ストーリーも見てない)、なぜかラプンツェルくらいからまた観るようになったんです。で、観たリストの中に無印のアナ雪も入っていて、あれはあれで純粋にいいなーと思って観ていたのですが、最後がなんかモヤっとしてしまって観た直後は「?」となってたのですよね。

今年「2」が公開されるとなって、そこらへんがちゃんと回収されるかなあ、という期待をもって観てきたのですが、しっかり回収されていました。よかったよかった!!

 

よかったついでに、この二部作について色々思うことがあったのでブログに書いてみることにします。

個人的な感想なので、「こう答え合わせしたのか〜」という気持ちで読んでいただけるとありがたいです。あとガンガン「2」のネタバレが含まれますので、気になる人は観てから読んでくださいね。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーここからネタバレ含みますーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

■そもそも無印のエンドで完全に「めでたしめでたし」だと思った人はどれだけいるんだろうか


Disney's Frozen "Let It Go" Sequence Performed by Idina Menzel

 

ざっくりと無印版のアナ雪のストーリーを解説すると以下のような感じだと思います。

・アナがつまらない生活に飽き飽きしたところに都合よくプリンスが出てきて婚約

・エルサが「もう私ココ無理!」ってレリゴーしながら出ていく

・諸々あったけどやっぱり妹が好きなエルサは戻ってきてアナは生き返る

・アナをそそのかした邪魔者もいなくなって王国には平和が戻ってきた

・アナはクリストフとなかよしになった

 

……これ、エルサって幸せになったんだっけ?

と思ったのが無印を観終わった直後の自分でした。

今までのディズニープリンセスだと('90年代後半から'00年代丸々抜かしてるので結構偏った見方かもですが)プリンセスにはプリンスか、そうでなくてもプリンス候補が当てがわれていたと思うのですが、アナにはいてもエルサには「つがい」がいないのですよね。

もちろん、上映当初は「ディズニーが姉妹愛をフィーチャーした!」と話題になったのですが、アナにはエルサだけでなくプリンス候補のクリストフもいるので、このままいくとエルサは一人余ってしまうわけです。

それって良かったんだっけ…?あんまディズニー的にはきれいな終わり方じゃないような…?というままちょっと疑問に思っていました。

でも、その疑問をちゃんと回収したのが「2」でした。だからこれは本当は「2」ではなくて「完結編」とかにしたほうがナンバリングとしては適切だったような気がします。これでやっと物語を終わらせることができる、という意味で。

 

というか無印の時点で「あーエルサよかったねえ!!めでたしめでたし!!もうなーんにも付け足すことない!!」と感じた人には「2」なんていらないだろうし、「2」がある意図すら理解できないと思ってしまう感じの回収の仕方でした。ここらへんは後でもう一度触れます。

 

 

■やっぱり出ていくエルサ、しつこいくらいひたすら引き止めるアナ、マジで蚊帳の外のクリストフ


「アナと雪の女王2」♪『イントゥ・ジ・アンノウン』 MV

 

最序盤ではアナ愛の手前、もう面倒事に巻き込まれたくないと拒むエルサですが、「やっぱここにいるよりそっち行きたーい!!」って行ってエルサが耐えきれず出ていってしまうところから始まります。まあ行くよね。

無印で全く解決していなかった「魔法の力の出自」という、自らのルーツを知ることへの渇望が爆発するわけです。それは面倒ごとのない王国では見つけられず、ある意味王国の「守護神」として縛り付けられてしまっていたエルサにとっては民を置いてでも優先したい欲望であったはず。

だからこそ「Into the Unknown」を歌いながら、テンションMAXで出ていこうとするわけだし。

 

でも、そこにアナが「ちょっとマジで無理しないでね!?死んだら私悲しいのわかってんの!?私ちゃんと隣で見てますからね!!」って言ってついてくるわけですよ。

勘弁してくれよマジで……って絶対エルサは心の隅で思ったはず。

 

エルサにとって、「自分のルーツを知ること」という欲求は命を危険に晒すリスクを負ってでも求める価値のある、いわば根源的な欲求なわけです。それを姉が大好きすぎるアナにガンガン釘刺されてしまって、しまいには絶対常人についてくるのがムリなところにまでついてくるとか言うもんだから「好いてくれるのはわかるし私も好きだけど、私にはもっと大事なことがあんのよ!!」ってキレてアナを島流しにしたわけじゃないですか。半分ウザがってますよね、ここまでくると。

 

でも、いざルーツを知ってよしよしってなった後に危機に陥ると「アナ〜!!」って言って救難信号送るわけじゃないですか。でもアナは置いていかれてもエルサを信じ続けて、持ち前の勇気と行動力で彼女を救う。パワフルですね、アナ。

 

 

…って姉妹ドラマが繰り広げられている横でクリストフはトナカイとQUEENのマネみたいなギャグ演出をかましながら「寂しい〜〜〜!!!」みたいなフザけたソロ曲を歌っているわけです。完全に蚊帳の外。

無印にはどうしても色恋演出を挟む必要があったのでハンスへのカウンターとしてクリストフの存在が必要だったのですが、「2」の主題は完全に色恋沙汰ではないので正直クリストフは舞台装置としていればいいくらいなんですよね。でもさすがに何も出番を与えないのはプリンスとしてかわいそうだから、ギャグ満載のソロ曲をあげて「ここ全く主題に関係ないんで正直尺の無駄なんですけど、笑って流してあげてね〜」って言って気持ちよく歌わせているんだと思います。少なくとも自分はそう判断しました。

 

 

■「自由を望むプリンセス」としてのエルサ、「永遠の愛を与えるプリンセス」としてのアナ

自分を縛るくびきからの解放や自己実現といった自由を願うエルサと、純粋に熱量の高い愛を与え続けるアナ。二人は正反対の要素をもつプリンセスとして見えるような気もしますが、特に実写版になった方の「美女と野獣」や「アラジン」のプリンセスは、割合の差こそあれその両方の要素を持っていたように思います。

美女と野獣」のベルは「つまらない繰り返しの生活からの解放」を願い、それを与えてくれる「野獣をその姿で差別せず愛した」し、

「アラジン」のジャスミンは「お飾りの王女として扱われることからの解放」を願い、心から自由に生きていた「アラジンに心を惹かれ、愛し」ました。

そのため、アナとエルサの姉妹は「ディズニープリンセスが体現しようとしていた2つの重要な要素をわかりやすく分割し、体現させた存在」として用意されたのではないではないか、と思っています。

なんであえて分割させたかって?

たぶん、幸せになるためには自由と愛のどちらかしか叶わないと思っている(というか、どちらかだけなら叶うと思っている)人が多いからなんじゃないでしょうか、というのが自分の考えです。

 

 

■自由と愛、片方だけでは満たされないけど補いあえることを確かめるための「姉妹愛」

他人や環境から自由であることや自己実現を突き詰めることを願うと、どうしても他人からの配慮やちょっかい、愛が重く感じるときがあると思うのです。逆に愛が大事な人は愛する人が「人生の目的」のようなものばかり追いかけていると、「私のことは大事じゃないの?」とか「ぼろぼろになりながら取り組んでいるそれは命や愛より大事なの?」と思ってしまうときがある。

だから、アナはエルサから見ると「愛でしか生きていない凡庸なプリンセス」に見えかねないように描かれているし、エルサはアナからだと「自分のことを放ってすぐどこかに飛び出して無理をするプリンセス」にしか見えないように描かれていたりします。

 

でも、やっぱり片方だけだとうまくいかないときが出てくるわけです。

どんなに自由を求めても、自己実現のために躍起になったとしてもいつか必ず寂しくなって「アナ〜!」って叫んでしまう日は来るわけで、幸せになるためには自由と愛の両方が要素として必要なわけです。

でも、常に両方が同じだけ必要なわけではないし、まして自分の中に両方が同じだけある必要なんてもちろんなく、双方を尊重しつつ必要なときに補い合えばよいものである。

下線の部分を説明するために、ディズニーはプリンセスを二人に分けて「姉妹愛」という形で補わせあったのだと思っています。

 

 

■でも、「愛」は自分本位な愛であってはならない

ただ、アナの描き方としてディズニーちゃんとしてるなと思ったのは、アナの愛は「独りよがりな愛ではなく、相手のことを一番に思う愛」であるということなのです。

物語中盤で危険な海渡りに耐えられないと判断してアナを残していこうとするエルサに対し、アナが「あなたが何をするとしても止めない、だけどどうか私も連れて行って!」という内容のセリフを言ったのが、まさにそれ。

失うのを怖がるがゆえに相手を縛り付ける愛ではなく、相手の望みを理解しながら苦難をともに感じ、隣を歩いていく覚悟を併せ持った愛です。

後者の愛を持つ人でないと、エルサ型の人間とは絶対に愛しあえません。そして、前者の愛が愛だと勘違いしている人には、アナ雪2の良さは絶対にわかりません。「エルサまた出てっちゃったじゃん、マジめんどくない?」とか絶対平気で言う。というか無印で満足して2なんか観に来ない。

 

パートナーの愛が本物か不安になったら、アナ雪の無印と2を連続で見せて感想を聞いたらいいかもしれませんね。案外さらっとわかりそう。

 

 

そんな感じで4000字くらいばーっと書いてしまう程度には面白かったです、アナ雪2。

欲を言うと終わり方ってやっぱあれしかなかったんだよね…?というのはちょっと気になりはしました。もののけ姫の「サンは森で、アシタカはタタラ場で暮らそう」的な感じのやつ。あれより一歩進んで恋愛とか絡めた瞬間に嘘くさくなるし、しょうがないのかもしれないね。

 

ちなみにエンディングではPanic! At The Discoが無印でのレリゴーにあたるInto the Unknownを歌っています。単体で聞く分にはイディナ・メンゼル版より好き。


Panic! At The Disco - Into the Unknown (From "Frozen 2")

 

今年のはじめに年間20本映画観るぞーと目標立てて、これで18本観たので残るはあと2本。あとは何観ようかなあ。