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いつかヒトになるためのレッスン

20代ゲイです。人生いったりきたり。再開した小説はこちら→http://ayamina.hatenablog.jp

悪口を言うこと

日記

「悪口」の話をします。

 

 

 ふと思いついてこんなふうなツイートをしたのですが,考えの整理をつけるためにいろいろ書いてみることにします。

こういうことはブログに書くと他の人に思考を邪魔されないからいいですね。

 

毒舌キャラ,という人種がいます。簡単に言うと細木数子みたいな人のことです。相手の何かしらについて貶めるような指摘をして,それをキャラとして正当化している人のことを指します。

自分はあんまりそういうのに対して普段からマジで怒ることはないので(というかだいたいぼけーっとしているので),そういう人に何か言われても笑ってごまかしています。たぶんいちいちキレたりする人はそんないないんじゃないかと思いますが。

 

細木数子の例を引っ張り続けてアレなんですが,「あんた死ぬわよ」とか言われて何も感じない人はごく少数なんじゃないかと思うんです。大体の人は多少なりとも傷ついたり,ショックを受けたりします。占いならまだしも,「毒舌」という名のもとに人を貶めるのは単なる「悪口」です。

後からフォローを入れようが,受けたショックは特に軽減されることはありません。感情はプラスとマイナスで差し引きできるようにはできていないからです。−10の言葉の後に+10の言葉でフォローしてもプラマイゼロになることはなくて,そこには−10と+10の評価が残ります。個人的に言うと−10の言葉を受けたあとに+10の言葉でフォローされても,半減するなりしてあとのほうは+5くらいの評価になったりします。結局マイナスですね。

 

でも,毒舌キャラの人は「事実を言っているだけ」とか「しょうがない,あんたが悪い」という態度で継続して悪口を言い続けます。そうすると,どっかのタイミングで「あれ,おれってそもそもなんでこの人と付き合ってたんだっけ,マイナスしかなくない?」と思ってすっと距離をとるときが出てくるのです。

もうその段階まで来たら,その毒舌キャラの人に多少のプラス要素が混ざっていたとしても無駄です。付き合い続けると相対的に受けるマイナスの量が多くなって,そしてそれが今後も永久に継続するであろう,ということが見えてしまった時点でアウト。多少のことではひっくり返せなくなります。

 

で,そういう毒舌キャラの人に限って「それならそうと言ってくれればいいのに」とか言い出すんです。

そう言われると,いや,おそらくそう言ってもあなたはそうと理解しないだろうし(理解しても行動を変えないだろうし),なんならそういうシグナルとか出してるときもあるし,わざわざそういうことを本人に言ってきちんと受け止められないというコストを払ってまであなたに分からせようとする気すらもうないんです,という気分になったりします。

 

そういう人と出会ってしまうと「この人30年後ちゃんと生きてるのかなー」とか考えながらぼーっと対応しています。今はまだ20代とか30代だからそれなりに仲間と呼べる人もいるだろうけど,50とか60とかになって,しわしわのおじいちゃんになったりして,それでも悪口を沢山吐く人の周りには,きっと人は寄ってこないと思うのです。

だったら多少抜けてても見栄っ張りでもプラスのことを考えて言い続ける人の方が愛されるし,周りの人を幸せにすると思うのです。念のためですが,この場合の「愛される」とは一生をともにする伴侶ができる,ということではありません。人々から敬愛される,という意味です。

恋愛に生きなくても人生を充実して過ごすことはできますが,仲間がゼロの人生は寂しいものです。言葉ひとつの使い方で,人生は左右されると思います。気をつけないとですね。

 

※ここまで書いてから念のため追記しておきますが,別に「貶める言葉を一切言ってはいけない」ということを言いたいのではありません。「単純に人を貶める言葉を言いっぱなしにすることは単に言った人の気分がスカッとするだけで何も生み出さないし,みんな態度に出さないけど実際嫌われてるからマジでよしたほうがいいよ」ということです。

 

そして自分は「悪口」に対して今日書いたようなことを思いましたが,人によってはそのきっかけになることが「約束をすっぽかすこと」だったり「わがままを言うこと」だったり,「自分の思うとおりに行動してくれないこと」だったりします。

人によって気にしないものと耐えられないことの評価軸が異なるので非常にめんどくさいですね,こういうの。

ということは,毒舌キャラのひともどこかでは生きていける領域があるのかもしれないですね。ふうむ,世界ってよくできている。