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いつかヒトになるためのレッスン

20代ゲイです。人生いったりきたり。再開した小説はこちら→http://ayamina.hatenablog.jp

映画「セーラー服と機関銃―卒業―」―見入ること,入り込むこと

 

今日はこのツイートから始まる一連の感想がとても気になったので,「セーラー服と機関銃―卒業―」を観てきました。

(以下,ネタバレ含まれるのでご注意を。ストーリーはほぼ典型的なヤクザ映画だから別に知っても大差ないと思いますが)

 

sk-movie.jp

 

一言で言うと「橋本環奈の肝の据わり具合が完璧すぎて半ば狂気じみてる」映画でした。優秀な映画。

橋本環奈のプロフィールをあまり知らないまま行ったのだけれど,彼女は映画初主演のアイドルらしい。それにもかかわらず伊武雅刀武田鉄矢を始めとしたヤクザ役の中で全く臆しない演技を見せ,むしろ組長としての風格とか迫力を見せて物語を圧倒していたのが素晴らしかった。

 

彼女の演技で特に凄かったのは「絶望」と「怒り」の表情の作り方。自分の顔の上に「怒り」という仮面をつけました,というような作り物の表情ではなくて,自分の素の表情の上に内側から怒りを全面に噴き上がらせたような,こちらに迫ってくる迫力を感じた。人間が他人を殺したいほどの怒りを湧き上がらせるプロセスを忠実に再現しているような感じがした。

きっとその「感情のプロセスを忠実に再現できる能力」が彼女にあったから,一度ヤクザとして死線を越えてきた経験を持つ星泉(脚本の元になった原作では,星泉は一回ヤクザになって諸々あった結果,組を解散したあと,という時間設定になっている。だから周りの同級生も泉に理解があるし,彼女がヤクザだったことも知っている)がカケラも恐怖を感じることなく立ち向かっていく様子とマッチしたのだと思う。死を恐れず義に従って敵に立ち向かう意気はヤクザには重要な資質だが,本来女子に背負わせるにはあまりに重い。でも彼女は忠実に再現する。そのアンバランスさが,狂気さえ含んでいるように見える。

映画の中では,彼女は女子高生でありながら,組長としての風格とドスを備えた,本物の極道であった。

 

と,橋本環奈自体はもう本当に凄まじかったのだけれど,ストーリーの細かいところをちょっとつついてみるとやれ「若者が田舎に帰ってこないのが悪い」だの「若者は選挙に行かないからマトモな政治が成立しない」だのあからさまなメッセージが挿入されているのが気になりはした(しかもこの映画,JKとJC向けにマーケティングをしていて「角川40周年記念映画」みたいなお題目までついてしまっているものだから,なんかちょっと意図のようなものを感じてしまうところもある)。でも,それを通り越して橋本環奈の存在感が凄くて吹っ飛んでしまった。

 

自分が映画を見る時は「瞬間の気持ちよさ」とか「一瞬の表情の綺麗さ,凄さ」を重視しているのかもしれない,とちょっと思ったりした。それだけキャラに感情移入して捉えているのかもしれない。

同時にいくつかのことを考えるのがあまり得意でないのも,映画の見方に影響しているのかもしれない。

 

いや,でもこの映画は非常に良かった。レビューを見ると「演技が下手」とか「そもそもなんで今セーラー服と機関銃なの」(これはちょっと思ったけど)とか結構酷評されてるけど,自分は観てよかったと思える映画でした。久しぶりにこの感覚を伝えたくて連絡ベタな自分がLINEを飛ばしたほど。

興行収入がボロボロなのがもったいないくらい,あまりに人が入らないままでいるには惜しい映画です。観てください。お願いします。