いつかヒトになるためのレッスン

20代ゲイです。人生いったりきたり。再開した小説はこちら→http://ayamina.hatenablog.jp

心を自分で殺さないように話をしよう

昨日長々と恋愛について記事書いてたんだけど,考えてても苦しかったし書いてる途中もずっと苦しかった。もう自分がどMなんじゃないかってくらい苦しかった。

だいたい苦手なこととかコンプレックスに思ってることとか考えたり書いたりするのほんとうに,苦しい。でも考えずにいられない時がある。で,ひとりで向き合っててもっと苦しくなっていく。

解決し得ないこととか,どうやったって太刀打ちできないことと比較をして,自分が小さい存在なんだ,ということをときどき確認しようとしているみたい。

そして,ずっと昔から同じようなことを繰り返してきたような気がする。

 

高校生のとき,まだ自分がひょろひょろで貧弱なメガネ男子だったころ,同じクラスにいた野球部の男子の姿を追いかけている時があった。彼はエースで4番打者,身体が大きく活発な人で,自分とは接点がなにもなかったから直接話をすることもほぼなく,いつもその姿を遠いところから見ているだけだった。

話しかけたかったし,仲良くなりたかったけれど,きっかけもなかったし,勇気もなかった。共通点も多分なかった。自分から接点を作ろうとすることもなかった。

一度だけ,直接話しかけられた時があった。球技大会でソフトボールをしていたとき,ほぼ野球ができなかった自分がセカンドに立った時があった。2塁に送球することがあんまりないのでは,という判断だったのかもしれない。でもその試合の時は,その好きだった人が打った球がまっすぐ自分の方に向かってきた。

ありったけの反射神経を動員して胸の前にグローブを出したけれど,球はグローブの上のほうに当たってそのまま僕の鼻を直撃した。勢いが死にきっていないソフトボールが直撃した僕の鼻からはすぐに結構な勢いで鼻血が出始めた。その時,球を打ったその人が駆け寄ってきて,自分に話しかけてきたのだ。

自分はその時鼻の痛さと自分の間抜けさからくる恥ずかしさで何にも考えることができなかった。多分大丈夫?とかごめんな,とか話しかけられてたんだろうけど,もう一切記憶にない。たぶん大丈夫だから,とか言いながらダッシュで保健室に駆けて行ったんだと思う。

とてつもなく恥ずかしかったけど,まともに接点と言えそうなものがあったのはそれが始めてだったはずだから,内心ちょっと嬉しかったんだと思う。でないと,こんなに強く覚えているはずがない。

 

結局それからもまともに話すことがなく卒業してしまったのだけれど,彼の卒業文集のプロフィールに「好きな歌手:ACIDMAN」と書いてあって,全く興味がなかったけれどアルバムを買って必死に曲を聴いていた記憶がある。

 


ACIDMAN - 式日

 

聴いたアルバムの中で,これが唯一好きになれた曲だ。他の曲には全然共感できなかった。仮にあの時がきっかけで話すことがあったとしても,音楽の趣味は合わなかったかもしれない。

 

きっと望み通りに物事が動くことよりもどう足掻いたって叶わなかったことのほうが人生では多くて,きっと数えきれないくらいやりきれない思いを人生でしてきただろう,とは思う。

でも,その気持ちを自分で必要以上に増幅させて,自分で自分の心を殺しすぎてきたんじゃないか,と時々思うことがある。ある時はそれが「諦め」となり,別の時は「嫉妬」になる。「後悔」になることも,数えきれないくらいあったはずだ。

結構不毛である。いつかは救われることを信じて,自分で自分の心を殺さないように話をしよう。